Skip to content

It’s Automatic(限定)

東京生まれJR育ちの私にとって、車は生活する上で必要なものではありません。

ですから、私は当然「ペーパードライバー」にカテゴライズされる訳ですが、ただ普段車に乗っていないだけなのに「陸サーファー」のように揶揄されている感じがして、あまり気持ちのいい言葉ではありません。しかし、こう呼ばれてしまうのは、うかつにも私が免許を取ってしまった事に原因があります。では、なぜ免許を取ったのでしょうか?

今考えてみても、免許を取得した理由は「友達に誘われてなんとなく取った」という事以外は思い浮かびませんし、それが事実なのだと思います。しかし、免許を取得するには自動車学校への通いで約30万円、合宿でも約20万円という費用がかかる事を考えれば、本来運転免許証というものは、特に理由もなく「なんとなく」取得すべきものでは無いはずです。

では、実際免許を取って良かったか?と言われれば、残念ながら答えは「イエス」になります。これは、車に乗れるようになったからではなく、「身分証」として運転免許証が万能であるからです。日本で生活する上で事あるごとに必要になる「顔写真付き身分証」ですが、これは実質、「運転免許証」と「パスポート」の二つしか存在せず、そのどちらも「身分を証明する事」が第一義的な役割ではありません。運転免許証は車の運転を許可するものであり、パスポートは外国へ渡航する際の旅券です。つまり「身分を証明するためだけに存在する顔写真付き身分証」というものが、この国には存在しないのです。

とすると、私は免許を「なんとなく」取得したと上述しましたが、これは日本の身分証事情から考えるとごく自然な感覚であり、「免許は取っておくべきもの」という考えが社会の一般通念となっているのです。それにしても、たかが身分証に20〜30万円もの大金をつぎ込む事を「当たり前」と思わせてしまうなんて、日本の自動車産業界と政府のふしだらな関係に思いを馳せざるを得ません。

前置きが長くなりましたが、私が免許を取得した時の思い出話をしようと思います。

今から十数年前。当時大学1年生の私はクラスの友達に誘われ、夏休みを利用して新潟県へ免許合宿へ行きました。一緒に行ったカワサキ君とは入学当初からウマが合い、オートマかマニュアルかを選ぶ際にも、「オートマ=女、男=マニュアル」という前近代的な意見で一致したため、割高なマニュアル免許のコースを一緒に受講することになりました。

合宿初日。
新潟県長岡市の教習所に到着した我々は、入校説明や身体検査・簡単な座学を終えると、その日のうちに「生まれて初めて」車を運転する技能教習を迎えました。私の担当教官は、タカハシ教官という坊主頭にメガネをかけている優しそうなおじさんでした。車に乗り、初めて自分で車を発進させた瞬間は素直に感動しましたが、それでも、クラッチ・アクセル・ギアをタイミング良く操作するというマルチタスクが、私にとってはとても難しく、この先大丈夫であろうかと不安になりました。しかし、カワサキ君も「予想以上に難しかった」という感想を口にしていたので、自分だけではないと少し安心しました。

翌日。
私は座学を終えた後、2回目の技能教習を受けたのですが、昨日はとても優しかったタカハシ教官の声色が明らかに変化していました。少しでも手順を間違えると厳しい口調で注意されるので、私はそれにビビって更にミスを重ねてしまうという悪循環に陥って行きました。

3日目以降もタカハシ教官の指導は日に日にその厳しさを増し、些細なミスでも私を罵倒し、怒鳴りつけるようになりました。技能教習は、基本的に毎回同じ教官が担当するので私はその都度憂鬱な気持ちになっていましたが、稀に別の教官が担当する場合があり、その時などは無神論者の私ですら神に感謝を禁じ得ないような、そんな心持ちになったものでした。

数日後、いつものように13階段を登る心境で教習車へ向かうと、その日は別の教官が担当であったため、心の中で十字を2億回ほど切りながら教習へと臨みました。特に何の問題もなく教習が終わり車から降りると、数台先の教習車から、カワサキ君とタカハシ教官が一緒に降りてくるのが見えました。2人は車の前で何やら談笑しているようで、タカハシ教官は優しい笑みを湛えていました。

宿舎への帰りのバスの中で、「タカハシ教官との教習はどうだったか」とカワサキ君に聞いたところ、彼は「とても優しい教官だった」と答えました。私はそこで初めて、実はタカハシ教官から普段とんでもなく厳しい指導を受けている事をカワサキ君に打ち明けると、彼はとてもビックリすると同時に楽しそうに笑っていました。私はカワサキ君に、「考えられる選択肢は2つ。私が異常に運転がヘタクソであるか、あるいは、私の何かが異常に教官の鼻につくのか、どちらであると思うか?」と聞くと、彼は嬉しそうに「両方だろう」と答えました。

翌日。技能教習開始。担当は平常通りタカハシ教官。

恥骨:(ギアチェンジをする際に、前方を見ずにギアに視線を落としてしまう、というミスをして)「すみません。。」
タカハシ教官:「おい、お前何度言ったらわかんだよ。お前の友達はちゃんとやってんのに。はいもう一回。」
恥骨:「すみません。。。あっ。。」(テンパって、再度ギアに視線を落としてしまう)
タカハシ教官:「お前よお、そんなにギア見たかったら、ずっと見てろ!!!」

タカハシ教官は私の首根っこを掴むと、そのままギアのノブに私の頭をグリグリと押し付けました。

その日の夜。
私とカワサキ君は、同時期に教習所に入校した他の生徒達と一緒に、日本三大花火大会の一つである「長岡まつり」へ行きました。

「〈入院中のお母さんへ。早く元気になって退院して、またお弁当作ってね。〉xxちゃん、5才からのメッセージです。尺玉、尺玉でございま〜す!」

アナウンサーの女性がメッセージを読み上げると、花火が勢い良く打ち上がりました。
私は花火を見ながら、「明日教習所に行ったら、マニュアルコースからオートマコースに変更を申し入れようと思う」とカワサキ君に話すと、彼は嬉しそうに「じゃあお前延泊決定だな」と言いました。(カワサキ君には既に今日あった事を話しており、その時彼から「オートマに変えれば教官もチェンジされるだろう」というアドバイスを貰っていたのでした。)

「明日からあのパワハラ上等の鬼軍曹スタイルから解放される」

私は、久しぶりに晴れやかな気分で、目の前に広がる美しい花火を眺めました。

翌日。
私は朝一で教習所の受付に行き、オートマコースへの変更を申し入れると、2日間の延泊となるが、今日から早速コースの変更が可能であると告げられました。私は心底ホッとし、新たに貰ったカリキュラム表を持って、技能教習へと向かいました。

教習場へ出て、指定の教習車の前で待っていると、後ろから聞き覚えのある声で、

タカハシ教官:「おい、お前オートマだからってナメてんなよ。」

恥骨:「本日も、よろしくお願いします。」

2005年、夏の出来事でした。

Be First to Comment

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です